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発達障害と認知症

発達障害について考えを巡らせていると、そもそも人間とは完璧なものなのだろうかと疑問が湧いてきます。発達障害の特性として、社会的なコミュニケーションを築くことが難しい、社会的な生活に問題が生じるといった表現が多くのケースでされています。そして、その原因とは、脳の認知機能に問題があるというのです。この表現を見聞きした時、何かを思い出しました。「認知症」です。

認知症は、脳の神経細胞が壊れ、理解力や判断力が衰え、日常生活を送ることが困難となります。先日、こんな出来事がありました。近所の高齢のお爺さんが、仙人のような出で立ちで自宅周辺を散歩していたので、声を掛けたところ様子がおかしかったので、町内会の会長に連絡を入れました。会長は、即、民生委員に連絡を入れ、バタバタとお爺さんの自宅に人々が駆け付け、その後、大事となりました。流れを詳細に説明すると・・・、近所に住むお爺さんが、仙人のようにヒゲを伸ばし、真冬にも関わらず、肌着で散歩をしていたのです。声を掛けると、どちら様ですか?と微笑んでいます。どこへ行くのかと尋ねましたが、忘れたというので、自宅に帰るようお爺さんの自宅まで付き添いました。自宅の玄関に鍵は掛けられておらず、玄関を開けた瞬間、ゴミ袋の山が積み重なっていました。奥さんを早くに亡くしたお爺さんが、独り暮らしであることは、近隣住人は知っていましたが、身の回りの事で困った姿をみた事がなかったので、皆、見守るだけで、日常生活の手伝いをする近隣住人はいませんでした。玄関を開けた瞬間、何かおかしな事になっていると思い、町内会の会長さんに連絡を取ると、会長さんも薄々は気付いているようで、即、民生委任に連絡を取り、民生委員がお爺さんの自宅に到着すると、様々な事が判明しました。料金の支払いが滞った事が原因で、数か月前から電気が止められ、お爺さんは自宅にある暖炉に、毎日届けられる新聞を燃やして暖を取っていたというのです。その日、民生委員に保護されたお爺さんは、それ以後、認知症と診断され、自宅を処分したのち、特別養護老人ホームで、穏やかな日々を送っているそうです。

認知症を発症した人々は、独りで暮すことは不可能です。発達障害をもった人々も、社会の営みの中で、独りで生活していく事が困難です。ですが、周囲の助けがある事で、生活を営む事ができるのであれば、そのような手助けの手を差し出せるような社会づくりが必要なのではないかと考えています。認知症も発達障害も、人々の認知が広がり、困っている人々に差し述べられる手助けが増えていくことを願っています。

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