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普段の生活の中で、私たちは外界からの様々な刺激を受けています。特に意識はしていなくても、例えば自動車や電車の騒音・室内の空調の音・日の光・服の感触・部屋の匂いなどその刺激は多種多様だと言えます。刺激とは言っても、ある程度のものは当たり前として気にせず生活が出来ます。それに最初は抵抗があっても、おおかたは慣れていき、日常生活に支障はなくなるのではないでしょうか。ところが発達障害のある子ども達にとっては、こうした刺激に対する感覚が極端に敏感であったり、反対に鈍感であったりする事があります。いずれも、外界からの刺激を上手に受け止める事が出来ず、日常生活をする上で支障をきたしてしまう可能性があるのです。ですので、原因不明の強い拒否や抵抗がみられる場合には、何らかの感覚の問題が起きており、不快感を必死に訴えてはいないかチェックしてみる必要があると言えるでしょう。この感覚に対する問題は、生理的なものです。慣れや訓練では解決できないものである事を念頭においておく必要もあるでしょう。問題となる感覚をなくす事はできません。日常生活に支障をきたすような感覚の偏りがある場合はそれを周囲の大人が理解し、環境の調整をしていく事で生活しやすいように改善していく事が大事です。1つ例を挙げてみましょう。2歳のN君、外で遊ぶのが好きな子です。ただ、お母さんや友達とご機嫌に遊んでいたかと思うと、急に泣き出したりお母さんに噛みつくなどの行動がみられました。この場合、原因となっているのは何かを考えると思います。「友達と上手くやり取りが出来なかったのかな?」など推測すると思います。でも近くに友達がいなくても同じように泣いたり、お母さんにしがみついたり。このように原因不明だった場合に、何か感覚的な刺激による不快感を感じている可能性もあるわけです。このN君の場合、よく観察してみると、N君が遊べなくなった後に必ず飛行機が飛んでいる事を発見したのです。N君は特定の音に対して過敏だったのです。こういったケースはしばしばあります。このような状況に遭遇した際は、周りの様子、子どもの様子を観察してみてください。

発達障害を持つ子どもたちが、学校生活の中で、進路を考えることは、将来的なビジョンを描く中で、大変重要なことでもあります。子供達にとって、進路を考えることは、発達障害などの「特性」が、あってもなくても、大変、重みのあることです。発達障害を持つ子供達にとって、自分の能力や、適性を客観的に判断する中での、将来を見据えることは、場合によっては、周囲の支援やサポートが必要となってくるでしょう。自分自身の特性をきちんと理解した上で、職種や、職業の適性を見いだすことが大切です。また、本人の希望や気持ちも、そこに伴わなくてはなりません。学校生活の中で、今後の将来的な展望を、家族の中で話し合っておくことも大切でしょう。発達障害を持つ子どもたちの「特性」などと呼ばれる、「こだわりの行動」や「風変わりな行動」が、社会生活の中では、うまく馴染めなかったり、受け入れられないケースもあります。そのような事柄も踏まえながら、進学先や就職先を見据えていくことが、何よりも大切であります。発達障害を持つ子供たちの進路を考える中で、サポートを行う周囲の見守り隊として、彼らの自尊心や気持ちを傷つけたり、蔑ろにしてしまうようなことは避けましょう。子供達の気持ちや、意思を尊重しながら、現実的な進路を選択していくことが何よりも大切であります。最近は、婚活や出会い系サイトなどでも使われるマッチングというワードですが、発達障害を持つ子供たちの「特性」と職場環境や進学先の生活環境が、マッチングすることが、何よりも大切です。人間の相性があるように、人々と環境の相性もあります。そのようなマッチングを見極めることも、発達障害をもつ子どもたちを、サポートする人々に求められてくる支援の形であるでしょう。

子供達に発達障害があるのではないか、などといった心配や、懸念が募る、ご両親達は、様々な支援を必要とされているのではないでしょうか。発達障害を持つ子どもたちのサポートを家族だけで完結させようなどという考えは、本人にとっても、家族にとっても多くの負担を抱え込んでしまうことになりかねません。出来る限り、多くの情報を集め、様々な公的機関などのサポートを受けることが望ましいとされています。各市町村などにある児童相談所や、保健所保健センターなどに、相談窓口が設けられていることが、ほとんどですので、様々な公的機関の専門家などの意見や、アドバイスを受けることも大変重要なことであります。また、そのような専門家との連携の他に、専門的な医療機関での診察や指導を受けることも重要であります。子供が、発達障害を持っているということは、なかなか公にしたくないという家族の気持ちもあるかもしれませんが、子供たちが成長とともに、社会の中で、特性と共に順応して行かなくてはならないということを考えますと、できる限り多くのサポートや支援情報を得ておきたいものです。

発達障害などの特性を、企業側に告知した上で、就職が決まったような場合は、就職先に本人のサポートを行うための、「支援者」を派遣する仕組みを持った企業もあるようです。サポート役として派遣される支援者のことを「ジョブコーチ」などと呼ぶようですが、障害を持った人々が企業でスムーズに働けるように、企業と障害者たちの橋渡し役として、様々な支援を行ってくれるようです。障害を持つ人々が、職場で「支援者」を得ることは、本人たちにとっても、大変ありがたいことですが、同時に、同じ職場で働く人々にとっても、大切な「支援者」となるでしょう。発達障害などを持つ人々の「特性」は、場合によっては、周囲の人々からは、大変分かりづらいこともあり、困っている障害者を助けたいと思っても周囲の人々は、どんなことを支援すれば良いのかがわからないことなどもあるようです。どんなことが苦手で、どんな時に助けを得ることで、本人たちにとって仕事がしやすくなるのかといったような助言も、ジョブコーチによりスムーズに、伝えることができることもあるようです。このような支援やサポートが行われるのは、障害を持つ人々が、就職を行ってから、半年ほどなどとも言われていますが、実際の現場では、本人たちの希望に沿った形で、支援を継続的に行ってていくようなジョブコーチなどもいるようで。すべては企業側との話し合いの中で、行われていくことですから、就職を考える上でも、企業側の考えをきちんと確認しておくことも大切です。

幼児期の子どもというのは、活動範囲が広がっていき、自己主張がはっきりとしてくる頃です。その為、周りの大人たちとのかかわり方・付き合い方が重要になってい来る時期であるとも言えるでしょう。加えて、本来は探求心旺盛で自由な発想の中で、試行錯誤をしながら、人との関係や物の使い方を学んでいきます。でも、時に危険な場面もあるでしょう。思わぬケガや事故に巻き込まれないように注意して大人が注意して接する必要があります。とはいえ、眠い・お腹がすいた・疲れた等、生理的コンディションによって大きく左右されます。いつもはできる事でも、状態によってはできなくなるという事もあるのです。また、子どもは生理的な不快感を上自分自身の感情として手く言葉にする事が出来ません。なので、時に泣いたり不機嫌になったりすることで不快な感情を表現しようとしています。それでも、周りの大人はこういった子どもの状態から、言動の理由を推測して、共感し、子どもの不快感し対応する事ができます。そして、その子にとって分かりやすく無理のない方法で、大人がしてほしいと思う行動を子どもに促していくのです。このように、子どもの言動の理由が予測出来たら「子育ては大変」とは思ったとしても「かかわりにくいな」とまでは感じないでしょう。じゃあ、一体どういう時に「子どもと上手く関われない!」と感じるのしょうか。それは、子どもの出来る事と出来ない事の差が極端にある時・子どもも大人も感情的になってしまって収集がつかない時・大人自身の経験が役に立たない時などではないでしょうか。

会社などで働くと、よく「マニュアル」というものを利用して作業を説明されることがあるのではないでしょうか。しかし、読んでいざ作業に取り掛かっても、全くどう動いていいのかわからないといったことを経験したことはないでしょうか。「マニュアル」というのは、作業の説明が言葉だけで表されたものであり、実質的にそれだけで仕事ができるという人はほとんどいないのではないでしょうか。仕事を覚えていく過程としては「マニュアル」で大きな流れの説明を受け、実際に行動して作業の詳細を知り、覚えていくという流れが必要であると言えるのではないでしょうか。これは子供であっても同じことであり、覚えられる数は大人よりももっと少ないと言えるでしょう。そのため、小さい子であればあるほど、親は丁寧に工程を組み、一つずつ作業の指示を出していく必要があると言えるでしょう。そして、一回流れができたからと言って、次にそれが一人でできるはずがないということも理解しておかなければならないでしょう。ゆっくりと時間をかけ、繰り返し繰り返し行動とともに覚えていく事でやっと「流れ」というものが体に入ってくるのではないでしょうか。こう言ったことを考えると、発達障害を抱えていてもなくても、根気よくじっくりと覚えていくことが重要であることがわかるでしょう。子ども一人ひとりの好き嫌いなどに沿って、うまくシールなどを取り入れていくのも良い工夫と言えるでしょう。最初はサポートをしっかり行いつつ、少しずつ手を出す数を減らしていくのも同様のトレーニングと言えるでしょう。子供はいつだって一生懸命と言えるでしょう。大人も成長を見逃すことなく一生懸命にサポートしていけることが望ましいのではないでしょうか。

発達障害と呼ばれる子供達を支援していく上で大切なのは、日常生活を送る環境を子供の特性に合わせていくことと言えるのではないでしょうか。私たち大人にとって「普通」と思われることであっても、子供達にとっては「難しいこと」や「理解できないこと」というのは日常には多く溢れていると考えられるでしょう。具体的に実行されている支援例を挙げるとすると、第一に、子供が一目見て「わかりやすい」ということが挙げられるのではないでしょうか。実際に保育園などでは子供目線で表示関係は統一されていると感じられるのではないでしょうか。表示が大人にしかわからないようなものであった場合、それを見た子供達にとって「わからない」という不安を軽減することができるほか、子供達にとっては大問題と捉えてしまう「失敗」などを未然に防ぐことも期待できるのではないでしょうか。遊具や日常で使う道具類などのお片づけといった点においても、どこに何を片付けるべきかということを見てわかるような表示を工夫することも大切でしょう。衣装ケースなどを用いて整理整頓などをする場合は、中のものを写真に撮って貼っておくなどの工夫が、子供達が考えて片付けられる第一歩となるのではないでしょうか。お手本を示しておくと、それに習った行動が自然と身につけられる他、何よりも子供達の不安を取り除いてあげられるというメリットは得られるでしょう。保育園などでの工夫を見ておき、家でも同じような工夫を取り入れていくことが望ましいのではないでしょうか。子供を叱ってしまう前に、自身にできる工夫を凝らし、子供達が楽しく安心して暮らしていける環境を整えるということが大切なのではないでしょうか。発達障害というものは学習や習慣によって気にならないものとして生活できるようになるものと考えられており、大人が子供と同じ目線で世界を見ていくということがとても大切になってくると言えるのではないでしょうか。

「発達障害」における「LD(言語障害)」をもつ子どもたちは、身体の機能に問題はみられないのですが、運動面においての問題を抱えているケースがあるようです。小学校などの、体育の授業で行われる、スキップ、鉄棒、なわとび、跳び箱などの運動が苦手な事が多いようです。スキップ、鉄棒、なわとび、跳び箱の運動は、「協調運動」などと呼ばれ、はさみを使ったり、お裁縫をしたり、洋服のボタンを閉めたりする事も、「協調運動」に含まれるのだそうです。彼らにとっては、このような動きが不得意なだけであって、全く出来ない訳ではないのです。ですからこのような「協調運動」に、つまずきをみせる子どもがいましたら、ゆっくり丁寧にその動きを行ってみる事です。この「LD(言語障害)」の障害をもつ子どもたちは、教育機関などでは「知的障害」と、間違えられる事もありますが、「知的障害」をもつ子どもたちは、生活全般的な発達の遅れがみられますが、「LD(言語障害)」の子どもたちは、ある部分には発達の遅れが見受けられますが、他の箇所には遅れがみられないなど、まばらな「障害」がみられるのが特徴です。「LD(言語障害)」の子どもたちは、学習や運動ができないのではなく、集団生活の中などで比較すると、周囲の子どもたちと同様の方法では学ぶ事が出来ないだけで、時間を取り、ゆっくりと丁寧に学んだりする事で、独自の学びのやり方をあみだし、学習内容に理解を示す事があります。「LD(言語障害)」の子どもの男女比としては、どちらかというと男の子の方が多いと言われています。

発達障害をもった子どもが、学校生活や、地域社会に溶け込む事は、時として困難となることもあります。子どもが社会生活を送って行く中で、出逢う人々の多くは、発達障害について多くを知る人は少ない可能性が高いでしょう。お医者様や、カウンセラーのように、発達障害についての十分な知識をもち、その子の個性や特性についてまで知り得た上で、適切に接してくれる人々は、一握りの人々です。それ以外の人々と、発達障害をもつ子どもが接していく過程で、子どもたちは活動の場を広げるチャンスを得て行きます。日常生活の中で、子どもたちの生活範囲に、常に親の存在が手助けをする事は不可能です。子どもが生活を送る生活圏の中に、キーパーソンとして頼れる人々をみつけ、発達障害の事を理解してもらう為に、説明を行うことは重要な事です。

地域の人々に、子どもの発達障害について、知ってもらう事は重要ですが、近隣住人の全ての人々に、お知らせする必要はないと考えます。発達障害という障害の為、時として、子どもの振る舞いで、皆さんを驚かせてしまう事があるかもしれませんというご挨拶程度でも十分なケースもあります。発達障害をよく知らない人々には、誤解が生じない程度のお付き合いも、ケースによっては必要です。障害に関する知識をもたない人々が、突然、障害について付き付けられる事で、偏見や差別を生んでしまう可能性も考えられます。子どもの特性について、本当に話せる人々をキーパーソンとしてみつけ、まずは、その人々の力を頼るようにしましょう。

学校生活における他児の親御さんについても同様です。クラスメイトの親御さん全員に、発達障害についての理解を求める必要はありません。時として、そのような発達障害をもつ子どもがクラスに在籍することを良としない親御さんがいる可能性もあります。まずは、担任の先生とのコミュニケーションを計り、そこから、周囲への理解を広げていける必要があるかどうか検討していきましょう。

発達障害について考えを巡らせていると、そもそも人間とは完璧なものなのだろうかと疑問が湧いてきます。発達障害の特性として、社会的なコミュニケーションを築くことが難しい、社会的な生活に問題が生じるといった表現が多くのケースでされています。そして、その原因とは、脳の認知機能に問題があるというのです。この表現を見聞きした時、何かを思い出しました。「認知症」です。

認知症は、脳の神経細胞が壊れ、理解力や判断力が衰え、日常生活を送ることが困難となります。先日、こんな出来事がありました。近所の高齢のお爺さんが、仙人のような出で立ちで自宅周辺を散歩していたので、声を掛けたところ様子がおかしかったので、町内会の会長に連絡を入れました。会長は、即、民生委員に連絡を入れ、バタバタとお爺さんの自宅に人々が駆け付け、その後、大事となりました。流れを詳細に説明すると・・・、近所に住むお爺さんが、仙人のようにヒゲを伸ばし、真冬にも関わらず、肌着で散歩をしていたのです。声を掛けると、どちら様ですか?と微笑んでいます。どこへ行くのかと尋ねましたが、忘れたというので、自宅に帰るようお爺さんの自宅まで付き添いました。自宅の玄関に鍵は掛けられておらず、玄関を開けた瞬間、ゴミ袋の山が積み重なっていました。奥さんを早くに亡くしたお爺さんが、独り暮らしであることは、近隣住人は知っていましたが、身の回りの事で困った姿をみた事がなかったので、皆、見守るだけで、日常生活の手伝いをする近隣住人はいませんでした。玄関を開けた瞬間、何かおかしな事になっていると思い、町内会の会長さんに連絡を取ると、会長さんも薄々は気付いているようで、即、民生委任に連絡を取り、民生委員がお爺さんの自宅に到着すると、様々な事が判明しました。料金の支払いが滞った事が原因で、数か月前から電気が止められ、お爺さんは自宅にある暖炉に、毎日届けられる新聞を燃やして暖を取っていたというのです。その日、民生委員に保護されたお爺さんは、それ以後、認知症と診断され、自宅を処分したのち、特別養護老人ホームで、穏やかな日々を送っているそうです。

認知症を発症した人々は、独りで暮すことは不可能です。発達障害をもった人々も、社会の営みの中で、独りで生活していく事が困難です。ですが、周囲の助けがある事で、生活を営む事ができるのであれば、そのような手助けの手を差し出せるような社会づくりが必要なのではないかと考えています。認知症も発達障害も、人々の認知が広がり、困っている人々に差し述べられる手助けが増えていくことを願っています。