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発達障害をもつ家族と過ごすことは、通常の過程と比較すると手のかかる子どもと考えがちですが、本来、子どもを育てるとはそういった関係性の中で育っていくものなので、周囲の目や通例を重んじるのではなく、発達障害をもつ当人の状況に合わせ、柔軟な家族としての対応を心掛ける事が大切です。

幼児期、青年期、思春期、成人期と、子どもが成長を遂げるごとに、発育の遅れや、未熟さが目立ってくるかもしれませんが、発達障害をもつ当人にとっては、成人期を迎えたからといって、当人に全ての自己管理を求める事は、時として精神的な苦痛を伴う重荷である事もあります。家族だけが、当人の痛みや不安、苦痛を、時に分かってあげられる支援者だという事を念頭に置きましょう。周囲から、あの年齢で家族の支援が必要なのかと陰口が耳に入ってくる事もあるかもしれませんが、「甘やかし」と「支援」は異なります。周囲の人々が、当人が苦手とする分野の手助けをする事は、「甘やかし」ではないという認識をきちんともつ事が重要です。発達障害は分かりにくい障害ですが、支えとなる人が必要な障害であり、家族は、その支援者としての重要な役割を担っています。発達障害と家族の絆は、とても大切なものです。

そもそも、人間の発達、成長において、幼少期から成人期に至るまで、家族の存在というものは大きいものです。その概念をきちんと確立する事で、発達障害をもつ子どもにとって、家族の存在が果たす役割の重要さが実感できるはずです。

「発達障害」をもつ人々の社会的な受け皿を用意する取り組みが、世界各国で行われています。各国での「発達障害」へのアプローチは一律ではなく、その概念の元、様々な形式で取り行われています。発達障害は、手術や投薬によって治療できるものではありません。それぞれの「特性」への支援を適切に行う事が、重要な課題となっています。

世界各国の発達障害への支援状況

●【アメリカ合衆国】
発達障害への支援が、他各国より進んでいると言われています。
発達障害者が支援を受ける権利が確立されています。

●【イギリス】
発達障害者を研究する専門家が多いと言われています。
比較的、当事者への支援体制は整っているとされています。
幼児期~成人期においての、支援を受ける権利が保障されている。

●【デンマーク】【ノルウェー】
かつては、「健常児」と「障害児」を、統合して教育するスタイルが主流でありましたが、昨今、そのスタイルが見直されています。当事者への支援は厚く行われています。

●【オーストラリア】
発達障害をもつ子どもへの支援が比較的高い。
成人期への支援は、まだ、確立されたとは言いきれない。

映画やドラマに登場する人物が、アスペルガー症候群の障害をもち、様々な人々との出会いから、周囲の人々を巻き込みながら、困難を乗り越え、成長していくというようなヒューマンストーリーが、「アスペルガー症候群の特性」を中心に描かれる事があります。特に、注目されているのが、アスペルガー症候群の中でも「サヴァン症候群」と呼ばれる、並はずれた能力をもつ人々です。

●【サヴァン症候群】
・カレンダーの日付と曜日を全て丸暗記できる
・中学校に所属する全学生の、学生の足のサイズを覚える
・世界中の国の名前と国旗が一致する
・百科事典を丸暗記する
など、驚異的な能力を発揮する事ができるのが特徴です。

発達障害をもつ、全域の人々にみられる特徴ではなく、アスペルガー症候群や自閉症の一部の限られた人にみられる特徴です。発達障害の中でも、映画、ドラマ、小説などに、登場する主要人物などとして描かれる事が多いので、名前は知らなくともその特徴を知る人々は多いはずです。

「アスペルガー症候群」は、発達障害における自閉症の他に、いくつかの心の病と似通った「特性」をみせる事があります。その為、誤診を受けることも、しばしば報告されています。

「アスペルガー症候群と誤診される傷病例」
●統合失調症
●強迫性障害
どちらも、表面性だけを取り上げると、発達障害と似たような症状の要素があります。

「統合失調症」と「アスペルガー症候群」を比較してみます。
●【統合失調症】
・青年期に症状が現れる事が多い
・幻覚、幻想、妄想、幻聴があるのが特徴
・感情が乏しい
・投薬による治療が必要

●【アスペルガー症候群】
・幼少期から特性が現れる
・過去にあった出来事が、目の前で起っているような感覚がある
・感情の表現が苦手
・投薬による治療はできない

「強迫性障害」と「アスペルガー症候群」を比較してみます
●【強迫性障害】
・脅迫的に一定の行動を繰り返すようなこだわりが強い

●【アスペルガー症候群】
・同じ行動を繰り返す特性がある

発達障害の中でも、比較的、言語の遅れなどが見られないのがアスペルガー症候群です。一見、何も障害が無いように見えがちですが、社会的コミュニケーションに関する問題を抱えている人が多い事が特徴です。

 放課後等デイサービスの事業を展開するにあたり、そのサービスの法的位置づけや定義に注意することは大切です。例えば不登校に陥っている子どもに対するサービスは、休日のサービスなのでしょうか、それとも放課後のサービスなのでしょうか。不登校児は学校に通えない状態に陥っていますが、在籍はしており、登校日を休日と定義することは適当でないと考えられます。よって、午前中のサービス提供であれば、放課後のサービスと見做すのが妥当でしょう。報酬もその見做しに基づいた単価で請求することになります。デイサービス事業の不登校児への対応は社会的に期待されている分野です。不登校児が学校に通えない代わりに、社会参加の機会を提供しているからです。自治体と連携し、できるかぎり子どもたちのニーズに応えられるような体制を整えることが、デイサービス事業者には求められているのです。

 さて、デイサービスの支給量については、事業所や子どもの保護者が決定するものではありません。決定するのはあくまでも自治体であり、自治体は利用計画案に基づいて慎重に定めることになります。ただその利用計画案を作成する以前に、保護者や子どもが事業所を訪れて相談することも多いのが実情です。相談の中で事業所が伝えられることは、サービス利用可能性以上の具体性を帯びたものではありません。つまりサービス支給量に関して具体的に見通しを伝えるようなことは、一般的に許されていないのです。実は事業所の中には悪意の有無にかかわらず、定められた支給量以上のサービスを施してしまっているところがあります。これは明らかな越権行為であり、許されません。事業所はサービスを提供する一方、最終的に家族と過ごす時間、地域の人々と触れ合う時間を増やすことに貢献しなければなりません。

放課後等デイサービスの提供時間については、注意を要します。というのも、放課後の定義が曖昧だからです。通常放課後とは、授業が終わった後の時間帯を指すように思われますが、学校教育はなにも授業だけではありません。部活動や生徒会活動も立派な教育の一つです。ですから放課後とは学校の敷地から出た後の時間帯であると定義することもできるでしょう。しかし放課後等デイサービスはこの定義に基づかない方が良いのかもしれません。なぜなら、デイサービス事業所はしばしば、学校で使っていない教室を利用したり、学校の敷地内部にサービス提供場所を設けたりしているからです。この慣習を軸にすると、授業が終われば放課後であると考えた方が、デイサービスの提供時間と合致していることになります。

 実際の下校時刻は学校によって多少の差はありますし、行事が催されることで、早い時間帯に帰ることもあります。デイサービス事業所はそうした点を踏まえ、臨機応変に開業時間帯を決定する必要があるのです。いえ、子どもたちのスケジュールだけを気に掛けているのでは間に合いません。保護者の都合にも出来る限り合わせることが大切です。就労時間はそれこそ人によって大きく異なりますから、個々の事情をしっかりと聴き取り、対応することが求められるでしょう。それは平日だけの話ではなく、休日や長期休暇中においても同様の柔軟さを発揮しなければなりません。

 ところで訪問教育を受けている重症心身障碍児は特別な事情が発生するため、注意が必要です。健常児とは異なり、訪問日以外に教育を受けることができません。そうした事情に鑑みれば、訪問日を除いた日を休日と見做すことが認められるべきでしょう。